207000字(21/119*2) 毒のある話と毒のない話

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 毒の強い小説を一気に読んでしまって激萎え。
 でもそういうのに限って面白い。恐いもの見たさ的な意味でも。
 ただ、段々積み重なっていくと、あんまり本を開きたくなくなる。
 開くことそのものを恐れてしまうと、いろんな作品に触れることを逃してしまう。
 最近はこういうのが顕著で、やたらめったら小説を読みたいとか、ゲームをしたいとは思わなくなった。

 辛いものに触れれば触れるほど、耐性が落ちていく。
 そうなると世界観が狭まっていく。
 嫌いなものは嫌いと思えるように過ごしたいけど、少しは許せないと生きづらい。
 嫌いなものを好きになろうなんて思わないけど、嫌いな要素一点だけを見て全てを言い切ってしまうのは、何か惜しいような気がする。

 でも、嫌いであればあるほど、それに興奮するのも事実。
 感情のもっとも原始的な部分で、不安と哀しみがなによりも蜜。
 耐性が落ちていくというのは間違いで、本当はどんどん耐性がついていって、もっとドギツイものを求めていってる。
 ドギツイものでしか興奮しなくなっていってる。
 だから作品の選り好みをするようになってる。
 怖い怖いと、饅頭が怖い。

 たまに毒のない話を見ると、心底ホッとするものがある。
 でもそういうのに限ってサラッとキツい毒を流し、こちらは覚悟していない分、悶絶する。
 もしくは気がついていないだけで、ごく自然にそこにある。気がついた時のキツさもなかなか。

 面白くない作品だと、別に辛いとかはない。
 安易にそのテーマを用いたことに、多少イライラするだけ。

 そういうのが積み重なっていって、色んな作品に触れなくなっていく。

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