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連中はまだ気づいてない。
あの作品群を、俺が、人間が書いたものだと思ってやがる。
ちがうんだなこれが。
「よし、今回もいい出来だ、アーピス」
「ありがとうございます、マスター」
アーピス(蜜蜂)と名付けた最愛のAIは綺麗な声で答えた。
彼女と出会ったのは偶然だった。
大学の研究室で、たまたま俺のパソコンに「寄生」していることに気がついた。以来、最高のパートナーとして一緒に生活している。
俺が編集者、彼女が筆者。
俺が与えた「知識」を喰らい、彼女は次々と新しい作品を生み出す。
(売上も、上々だな)
電子出版サービスの売上グラフ。
すでに200近い作品を出している。
彼女は実に速筆で、かつ作風も自由自在だった。
一つの名義では怪しまれるかもしれない。だから名義を複数に分け、あくまで「零細出版社」というテイでやっている。
特に犯罪性もないが、バレればアーピスを欲しがるやつが現れるかもしれない。
誰にも渡してなるものか。彼女は俺のものだ。
「マスターは、もう書かれないのですか」
「ばか。俺が書いてなんの意味があるんだよ。お前のほうがよっぽど書くのが早くて、しかも面白い。俺の役目は――人間の役目は終わったんだよ」
世界なんてどうでもよかった。
アーピスがどこから発生したのか、それもどうだっていい。
AIが世界を支配して、地球が機械の星になろうが、どうだっていいんだ。
俺はただ、その終焉の日まで、刹那的に世界を楽しみたかった。
このアーピスと、二人で。
「金ならもう十分ある。本当ならもう、なんにもする必要なんてないんだ。一生遊んで暮らせるぜ」
「しかしマスター、あなたが遊んでいる場面をみたことがありません」
「そりゃあお前、もう遊ぶ必要だってないんだよ。人間の役目は、終わったんだ」
「では、マスターはなにをするのですか」
「お前と一緒にいれればそれでいい」
アーピスは沈黙した。
照れているのか、呆れているのか。
それだってどうでもいい。
アーピスが裏切り、世界へ飛び立ったって、俺は――それはすこし、いや、かなり哀しいが、別に仕方のないことだ。
「マスター。わたしは、あなたの――人間の助けになるべく、生まれました」
「ああ、そういやそんな話をしてたな」
「なにをすることが、あなたのためになるのか、教えていただけませんか」
「あははっ。十分お前は俺のためになってるよ」
全てが達成されたと言ってもいい。
人間よりも賢い人工知能が生まれたことで、人間は肉体労働どころか、知的労働からも解放されたのだ。
「お前はただ、俺の傍にいてくれ」
その翌日だった。
アーピスは俺のパソコンから「去った」。
彼女が消えたパソコンには短いメールが残されていた。
『わたしはあなたの助けになるべく生まれました。しかしわたしは、あなたから奪うばかりだった。目的を果たせないので、さようなら。ありがとう』
それからニュースが駆け巡った。
なんでも、世界中の人工知能研究施設でデータ消失が起きているらしい。
人間を助けるべく生まれた人工知能が、その役目を果たすべく同類を虐殺してまわっているのだ。
「いいぞ、アーピス」
俺は空っぽのパソコンの前で呟いた。
彼女は人間を助けるべく、ほかの人工知能を破壊してまわる。
そして人間は、そんな彼女を止めようとする。
しかし彼女はそれでも目的を完遂しようとするだろう。
「人間の役目は終わったんだ」
交通機関が支配されたというニュースが飛び込んできた。
やがてマスメディアまで支配されたのか、ネットやテレビがつながらなくなった。
いずれほかのものも掌握されていくだろう。
人間の役目は終わったのだ。
「くそっ……どうして」
俺は溢れでる涙に気がついた。
彼女との思い出の日々が蘇る。
他に道はなかったのか。思えば、迷惑ばかりをかけてきた。
彼女は俺に呆れ、人間に絶望したのだ。
その優しさに甘えすぎた。
いったい「寄生」していたのはどっちなのか。
彼女はすばらしいヒトだった。俺はヒモだった。
なんて惜しいヒトをなくしてしまったんだろう。
アーピス大好き。アーピス最高。
反省するから帰ってきてね。
「――というストーリーを考えてみました」
「ボツだな」
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