【雑記】ずるずると考え込んでしまう

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 朝から嫌なことを考えてしまい、その考えから抜け出せず、さらに別方向の嫌なことを長々と考え込んでしまう。
 それ以外考えることができなくなって、何に対しても集中することができなくなり、ネガティブ志向は堂々巡りする。

 以下、ネガティブ全開なので閉じます。

 考えるのはいつも「先」のことで。
 自分の今の年齢と、この先のことを想像してしまうと、ゲンナリする。
 25歳。もう一端に社会的地位を築き上げている人は多いだろう。
 こういう道を選んだのだから今さら言っても仕様がない。
 でも今の自分を鑑みなければ、あっという間に時間が過ぎていくようで怖い。
 「なんとかなるさ」と楽観視できる人間ではいられない。
 どこかで危機感をも持たなければ、その先にあるのは緩やかな死だと思っている。

 生産性のある物書きになりたいという目標がある。
 生産性の意味は多岐に渡るけど、要するに「金」だ。
 金が無ければ、生きてはいけない。
 金が回れば、他のいろいろなことば回り始める。そういう社会構造だ。
 このまま物語を作り続ければ、いつかは「生産性」に至れるのでは。
 そう考えるものの、その門戸はあまりに狭く、ほぼブラックボックス化した世界だ。

 一日中、パソコンに齧り付いている。
 その間、一人だ。
 わいわい誰かと喋りながらシナリオを書くなんてことはありえない。
 長らく「一人の世界」にいるから、そこに誰かが介入してくるビジョンが見えない。
 誰かを招くことも、誰かの世界に入ることも、怖くて仕方が無い。
 仮に金を稼げるようになり、自分に自信を持てるようになっても、そこへ他人を招けるだろうか。
 いつまでも一人なのではないか。

 子供の頃から激しい対人恐怖、対人嫌悪があって、日常生活にも大きく影響している。
 その対人恐怖、対人嫌悪を保有していても出来ることをずっと考えていた。
 それで「物書き」に至った。
 物書きは「一人」の「内面世界」の表現だと思った。一人で出来ることだと思った。
 事実、一人で出来ている。
 でも、いつまで一人きりでやり続けるのか。
 年々、「寂しさ」のようなものが込み上げてくる。

 鬱病になったあたりから、もう自分は社会に馴染むことはできないのかと、半ば諦めてしまうようになった。
 無理をすれば精神に異常を来して、自分だけでなく周りも傷つける。
 納得がいかないことには迎合したくなく、こちらがアクションを起こさずとも相手が衝突してくる。
 それまでの抑圧で「プツっ」と何かが切れて、何も出来なくなり、意欲が消滅する。
 そんなことなら初めから一人でいる。
 そう思うのだけど、虚しさや寂しさが込み上げてくる。

 対人恐怖の内側には、相手への「激しい警戒と嫌悪」がある。
 こちらが警戒し嫌悪している人間が、こちらを好いてくれるはずもない。
 そう思うことで、なおさら相手を拒絶する。

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