「そういう話は書かないほうがいい」

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カエ剣の鞠子の話は時々無性に書きたくなる。


「ペットショップ」が、世の中の矛盾とか不条理を集約してる不気味の場所に思えてならない。そう思いつつ、自分もペットショップで犬を買って、心を満たしてもらっている。この矛盾。


生体陳列とか、個別にランク付けとか、生後数ヶ月で変動する値段の差とか、彼らの運ばれ方とか、選ばれなかった彼らの行く末とか、品種改良の歴史とか血統主義とか、そもそも愛玩動物ってなんやねんとか。内包された気味の悪さから目を逸らして、思考停止して、当たり前のようにそこにある。


『そういう話は書かない方がいい』


じゃあ何書けってんだよ。当たり障りの無いこと書いて、迂遠に迂遠に表現して、わかる人間なんて零点何%よ。抑えすぎたら面白味まで殺されないか。


ダメだなぁ。「あー、これ書いても大丈夫なやつかなー」「勉強足りてるかなー」とか思ってしまって、逐一手が止まる。ここ乗り越えないとどうしようもない。


書いたところでどう出すかって問題もある。どこにどう向けてどう出すのか。ビジョンが見えてないと書けるもんも書けない。


書きたいけど書けない状況ってなんなんだろうな。表現の自由を求めて流れ着いた場所なのに、結局同じようなことに縛られて嫌気が差している。


踏ん張り所なんだろうなぁ。

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