「だれも助けてはくれない創作活動」のためにブログを書くということ

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さいきん、ブログの調子がイイです。


1年弱で月間アクセス数が5倍以上になりました。月間30000PV。まだまだアマチュアレベルですが、それでもうれしい。書けば書くほどふえていく。「努力がむくわれている」のを強くかんじる。もっともっともっと記事を書きたい。


いっぽうで────いま「自分の創作」があまりできていません

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「創作物だけじゃ生きていけない」

個人の創作物にお金をはらう」って、今はよっぽどのことですよ。


このご時世────ソシャゲに課金するのも、有名な小説をよむのも、みんな「共有」して「優越感」を得るためです。あるいはシンプルに「性欲」。面白いからお金はらってるわけじゃない。というか面白くたって海賊版サイトでタダ乗りする時代だ。


個人のマイナーな作品にお金はらったって、だれにも自慢できません。ただ「面白いか・面白くないか」だけ。だれにも自慢できないから、共有だってされにくい。


クオリティがよほど高ければ、わかりませんが。

「ニンゲンは助けてくれない」

無償奉仕で創作つづけたって、みんな助けてはくれません


「応援してます!」って、口だけです。言葉にすらならないのが9割以上。クリエイターは「霞」をたべて生きていけるわけじゃないのに。


だれも頼れない。だれも助けてはくれない。


だったらもう、だれも信じず、自分の力で切りひらくしかない。


それで────「システム」に依存することにしました。


今の自分を、いちばん助けてくれているのは、「Google」です。


ニンゲンじゃない。機械が、仕組みが、アルゴリズムが、今の自分の心をいちばん支えてくれている。あまりにも虚しいですが、事実です。


ブログの執筆活動は、とても充実してます。


書けば書くほどアクセス数がのびる。Googleが記事を評価してくれて、検索の上位にのせてくれる。ありがたい限りだ。ニンゲンはこんなに助けてくれない。ニンゲンはこんなに努力にこたえてくれない。Googleさまさまだ。ニンゲンは機械以下だ。


そしていつか、機械にすら裏切られるんじゃないかって、ビクビクしてます。あるいは、飼い殺しにされるか。


いまのこんな気持ちじゃ、ニンゲンのための物語なんて書けやしない。

「だれかの役にたつことを、意識する?」

ブログの記事で、感謝されることが増えました


記事は、「読者の理解」を一生懸命かんがえて書いてます。「わかりやすさ」「テンポのよさ」「ながさ」────だれかの役にたつことを、第1にかんがえている。


創作は、「だれかの役にたつこと」なんて、まったく考えてない。というか、考えちゃいけないものだとおもってる。


もしかしたら、シナリオもブログ記事のように「だれかのために」書けば、もっとイイ結果になるのかもしれません。


ブログではだれかのために書けるのに、なんでシナリオだとダメなのか。


自分でも正直、よくわかっていません。


「創作への信仰心」が、読者に媚びることを、是としないのかも。

「読者をきもち良くして、なんになる」

創作物で、読者をきもち良くして、なにになるんですかね。


世のなか、自分をふくめてロクでもないニンゲンであふれている。みんなすばらしい創作物にふれているはずなのに。なぜ? 創作物は、ヒトの心をゆたかにするんじゃないのか?


創作物は、ヒトの心を癒やす?


癒やしてどうなる。温泉でもいけよ。現実逃避したがるクズがふえるだけじゃないのか。癒やしのさきで、現実をつよく生き抜くエネルギーに、ほんとうにかわるのか。彼らは良いニンゲンにかわるのか。


創作物をうみだす意味は、なんだ。

まとめ 「廃れていく個人創作文化のさき」

創作活動のおかげで、ブログ記事のネタにはこまりません


新しいツールやサービスがでたら、飛びついてすぐに感想をかく。それがだれかの役にたって喜ばれる。Googleにも評価されてる。


創作の意味が、ないわけじゃない。


いま考えているのは、「創作物以外の収入経路」をしっかりかためて、今後にそなえるということ。


日本の「個人創作文化」は、マジでそろそろヤバいとおもいます。それ単体じゃ生きていけないどころか、その商業化で食ってた企業まで落ちぶれている。出版業界もオワコン。「二次創作」と「成人向け」は相変わらず日本じゃ強そうですが。


複数の収入経路をもたないと、個人クリエイターは一生「消費者の奴隷」。余裕をもって創作活動をするためにも、地盤づくりをしっかりしたいです。


創作のためのブログ。ブログのための創作。


だれにも理解されなくても、自分は書きつづけます。

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