「どうすれば、カルト教団をつくれるとおもう?」
ぼくは問う。
比奈子はきょとんとしていた。
「お紅茶、さめますよ」
「まじめに聞いてるんだ」
アトリエの自室。
トレイをもって去ろうとする比奈子の手をつかむ。
比奈子は目をほそめ、しばらくぼくを見つめた。
「なにをするおつもりですか」
「だから、カルトをつくるんだよ」
「なぜ?」
「クジョウをのっとる下準備だ」
株式会社クジョウ。
おクスリから軍事用オートマタまで。
この国を代表する、大複合企業だ。
「アホな人間どもを、うまくあやつりたい」
比奈子がため息をつくのを聞き逃さなかった。
ぼくは気にせず話をすすめた。
ノートパソコンの画面をみせる。
比奈子に、計画の一端をみせる。
「カルトは、発祥から解体までに、5つのサイクルをたどるという」
教団ライフサイクル論。
えらい宗教学者が何十年もまえに提唱した。
- 萌芽:社会不安を背景に、カリスマリーダーがあらわれる
- 成文:目標が言語化され、部外者とのちがいが強調される
- 合理:いっけん、規律ただしい、合理的な組織が完成する
- 保守:官僚的な幹部があらわれ、信仰が形骸化
- 腐敗:幹部へのふまんから、退会者がふえる
まずカリスマリーダーが、社会への不安をだいべんする。
同調者がつどい、集団ができる。
その集団がカルトとなる。
「カリスマリーダーは、若さまが?」
小バカにしたように比奈子が小首をかしげる。
「いんや。そのへんは、おいおい説明するよ」
規律や目標は、成文化────文字にかきおこすことが重要だ。
ルールが決まれば、部外者と差別化ができる。
ルールのもと、集団は組織化する。
規律ただしく合理的になる。
だがここで、組織は腐りはじめる。
生まれた瞬間から、腐りはじめる。
宿命だ。
合理化により、運営者が「官僚化」するのだ。
官僚は、信仰ではなく、特権保持を目的にしはじめる。
信仰が、形骸化していく。
組織への参加資格も、ゆるんでいく。
組織の腐敗はとまらない。
官僚化した運営者への不満で、退会者がふえる。
ここが組織の、分かれ目だ。
「改革」
一部のリーダーが、信仰復興の改革運動をおこす。
その改革が成功すれば────
組織は、あらたなサイクルをスタートさせる。
改革がすべてだ。
成功すれば、組織は復活。
失敗すれば、組織は解体。
企業も、カルトも、本質はそうかわらない。
「組織は、かならず腐る」
「ええ」
「だが、改革運動を成功させれば、永久に組織を維持できる」
「……改革を、意図的におこさせると?」
「まだまださきの話だけどな」
まずは組織をつくることだ。
カルト的な、強い組織を。
そのために、知恵を借りたい。
比奈子はかしこい子だ。
ぼくは画面をスライドさせる。
「これは?」
「組織の、幹部候補だ」
少年少女たちのリストが、写真つきで表示されている。
「すでに〝マーキング〟はおこなっておいた。どいつもこいつも、社会に強い不満感情をもっている。とりわけ────クジョウにたいしてな」
「……ずいぶん若いですね、みな」
「見覚えがあるやつもいるんじゃないか」
「まさか…………学園の生徒たち?」
「ああ」
このときたぶん、ぼくは笑ったとおもう。
「子どもは、未来だ」
十年後、二十年後、子どもが社会をになっていく。
大人はこのへん、よくわかってないバカが多い。
いちばん大事なのは、子どもなのだ。
「手はじめに────学園を支配する」