いろいろ

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 考え深いものを拝見したので、なんかいろいろと考えたり。

 ネガティブな理由から始めたことって、あんまりずっと頑張れない。
 仮にポジティブな理由から始めたことでも、あるときフッと全身から力が抜けてしまう時がある。
 真面目に頑張って頑張って頑張って、でもあるとき誰かから心ないことを言われたりすると、プツンと緊張の糸が切れるときがある。
 まったくもって不真面目なときに心ないことを言われても、なんもやる気が起きなくなってしまう。
 中間くらいの気持ちでいたら、「こなくそ!」って思うんだろうか。

 自分の中で緊張の糸が切れたと思うときは、近いうちでは三回ある。
 大学のレポートと部活がほんとにハードで、実験レポートが終わらなかった時に部活をサボった。男子ラクロス。
 そうしたら先輩からメーリスが回ってきて、名指しで自分のことを全部員に流された。
 それで緊張の糸がプツンと切れて、2年の後半に部活をやめた。
 同期のDFの中では一番上手くて、次の公式試合にも出してもらえる予定だった。正直まだ自信がなかったし出たくはなかった。
 学部で一番ハードだって言われてた学科に属していて、それなのに一部リーグの部活やってるなんてすごいねーって言われていた。
 いろいろとムリなスケジュールで、いろいろとギリギリだった。
 ラクロスは好きだったけど、部活の人間が嫌いだったのも理由としては大きいと思う。

 次に緊張の糸が切れたのは、4年の大学研究室。
 外部から突然やってきた客員教授の部下にさせられた。
 それまでは研究室で多くの同期や先輩に囲まれながら実験や研究をしていたのに、突然その客員教授とペアを組まされた。
 友人には「ついてないね」って慰められた。
 属していた研究室に席は持ちつつも、実質的には研究棟から少し離れた場所に新設したクリーンルームっていう小屋に毎日通うことに。
 その客員教授はベンチャー企業と提携していて、俺は何故かそこでタダ働きをさせられていた。
 学生であるはずなのに、ベンチャー企業の下っ端としてタダ働きさせられている状況が、まったくもって意味がわからなかった。
 その客員教授が曲者で、会社で問題を起こしては転々としているような人で、中国の売春宿で少女を買ったことをニヤニヤしながら学生に話すような下衆だった。
 毎日くどくどと嫌味を言われて、いつも客員教授はピリピリしていて、二人きりの時が多かった。
 あるときに学科のスポーツ大会があって、そのせいでクリーンルームには行けなかった。
 そうしたら客員教授から電話が掛かってきて、大声で怒鳴られた。もう来なくていいと言われた。
 ちょっと意味不明で、客員教授の怒鳴り声には狂気を覚えたし、次の日から言われたとおりクリーンルームには行かず、大学にも行けなくなった。
 研究室の教授とか友人から電話が掛かってきても、全部無視。
 しばらくしたら客員教授から電話掛かってきたけど、動悸息切れがやばかった。
 で、下宿先のアパートにしばらく引き籠もってたんだけど、さすがに両親が感づいた。
 そっからまたいろいろと大変で。
 俺の両親がモンペの如く大学側に訴えて、問題にした。
 教授陣は非を認めて、その客員教授をクビにして、数千万かけて新設したクリーンルームも終わり。
 客員教授のその後は特に聞いていないけど、うちの大学でやろうとしていた金儲けはオジャンになったと思われる。
 別に、なんもスッキリはしなかった。ざまあみろとかも、思わなかった。ただただめんどうくさかった。
 そのあととりあえずは卒業して、本当は大学院にでも入る予定だったけど、やめた。

 その件で、両親といろいろ話す機会があった。
 俺の家系はとある事業に従事していた家系で、俺の父親もそうで、俺にもそれをさせようと思っていたらしい。
 でも俺はそんなもんやりたくなくて、でも父親には逆らえなくて、なんとなく勉強してそれなりの大学には入っていた。
 それなりの大学に入っておきながら、フタを開けてみればパソコンに向かって小説ばっかり書いていた。
 誰にも相談できないまま、「将来は物書きになりてー」って在学中ずっと思ってた。
 その思いを、両親に打ち明けた。
 そしたら認めてくれて、父親からの圧力が無くなった。
 就職活動も全部パスで、ひたすら小説やらサウンドノベルやらを書きまくる感じで。
 ぶっちゃけて言えば、客員教授のことがトラウマになってて、とてもじゃないけど就職なんてその頃は考えられなかった。

 本当は、どっか適当な系列子会社にでも就職して、そこで働きながら物書きを目指すつもりだった。
 それがオジャンになって、かなりショックで。人生設計がオジャンって思った。
 両親から「しばらくは休んでいんだよ」とか優しい言葉を掛けられて、数ヶ月はバイトもせずに家に篭りっきりだった。
 でもだんだん、「働かないと」って焦り始めて、書店員のバイトを始めた。本が好きだった。
 でもその頃はまだ、ぜんぜん心が癒えてなかったんだと思う。
 偏頭痛とか吐き気とか猛烈な不安感に苛まれながら、バイトしてた。
 またこれが、書店のバイトが覚えること多くて。しかも職場の雰囲気が超暗いし。
 職場のオバサンたちにしょっちゅう嫌味を言われるような感じで、ぽつぽつとストレスが溜まっていって。
 あるときに上司に「真剣にやってる?」って言われて、「真剣にやってますけど」って口答えした。
 「説教するにしても具体的に言ってください」とまで偉そうに口答えした。
 で、緊張の糸がまた切れて、バイトをやめた。割と長く続けたと思うけど。
 その前後からゲロが止まらなくて、不安感と焦燥感もやばくて、両親の勧めでイヤイヤに心療内科へ行ったら、鬱病と。
 おそらくは大学時代からずっとそうだったんだろうと。

 で、紆余曲折すこしありつつ、今に至る。
 今はかなり回復したと思ってる。
 前より割と前向きに考えられるようになったし、活力とか向上心とかも取り戻しつつあるし。
 今回いろいろあって思ったのは、「無理なことやってたら壊れるな」って。
 いくら真面目にやってたって、どっか歯車が噛み合わなければ、そんなもん認められないし成果も出ない。
 一生懸命やって、でも「糸」が切れちゃったら、それまでのことが全部パーになる、とまでは言わないまでも、辛いことになる。

 最近思うのは、「心が癒えるのって時間掛かるんだな」ってことと、「なんだかんだで心って癒えてくるんだな」ってこと。
 結論を急がない。がんばりすぎない。長い目で見る。まったりやる。
 そんなことを、自分に言い聞かせながら生きたい感じで。
 「オッカムの剃刀」って言葉があって、最近はその言葉を呪文みたいに心の中で唱えている。
 「ある事柄を説明するとき、必要以上の言葉をそぎ落とす」、みたいな意味。哲学関係の言葉。
 要するに「無駄なことは考えるな」ってことだと解釈している。
 どうでもいい些細な「嫌なこと」は、「オッカムの剃刀!」って思って、心の中でそぎ落とす。暗示みたいなもん。
 嫌なことを「考えない」っていうのは、ある意味で「強さ」なんだと思う。
 俺の父親なんてのはすっごいガサツな人間で、絶対に物事をくよくよ考えたりしない。だから強い。常に第一線で戦っている。
 そういう「ガサツ」な部分を、「生真面目で疲れてしまう人間」は、意識的に取り入れていけないのかなぁって。
 節度を持って、だろうけど。

 心が癒えるのにはホント時間が掛かると思うから、有り体だけど、焦らないでいいと思う。
 と言っても、焦ってしまう性分だから、そんなことになってしまうわけで。
 だから、何度も「焦るだけ無駄」って自分に言い聞かせることが必要なのかなと。
 時には「焦り」が背中を押してくれることもあるけど、無理だけはしちゃアカンと。
 無理して壊れた経験があるんなら、その経験を大切にしないといけないんだと思う。

 まったりやろうぜ(´・ω・`)
 健康でいれば人生は長いと思う。
 疲れている時はまともに頭は働かないし、ゆっくり傷を癒してからゆっくり考えると、「ああ、チョロいじゃん」って思う時はけっこうある。
 カラダとココロは一体なので、とりあえず規則正しい生活が大事かなと。
 朝に太陽の光を浴びると、サーカディアンリズムが調整されて、自律神経もイイ感じに調整されて、セロトニンとかもしっかり出るんだと。
 で、夜はしっかり寝る。夜更かししたら、絶対に嫌なことを考える。
 夜に嫌なことを思い出すのは、人間の必然なので、そんなら夜を短くする。
 規則正しい生活、大事。

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